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独立時計師 菊野昌宏の経歴や手がける時計を紹介【情熱大陸】

菊野昌宏(独立時計師)

出典: MBS「情熱大陸」

2019年1月27日(日)に放送される「情熱大陸」で日本を代表する独立時計師の一人である菊野昌宏氏が紹介されます。

過去にも「クレイジージャーニー」などにも出演されていたこともあり、私も昨年実際にトークショーでお会いし、お話を伺ったり時計を見せていただくことができました。

本記事では、菊野氏の詳しいプロフィールや独立時計師について、そして彼が手がける時計をご紹介します。

菊野昌宏のプロフィール

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出典: PR Times

菊野 昌宏(きくの まさひろ)
本名: 菊野 昌宏
生年月日: 1983年2月8日(35歳)
出身地: 日本 北海道深川市
血液型: O型
職業: 独立時計師
学歴: 北海道深川西高等学校、ヒコ・みづのジュエリーカレッジ
公式サイトmasahiro kikuno 菊野昌宏
Facebook菊野 昌宏
Instagram@masahiro_kikuno

菊野 昌宏(きくの まさひろ、1983年2月8日 - )氏は、北海道深川市出身の独立時計師です。

手がける時計は、江戸時代から明治初期にかけて制作、使用されていた腕時計からインスピレーションを得た非常に日本らしいデザインの時計が多く見られます。

菊野氏は、時計の世界でも特別な「独立時計師」と呼ばれる腕時計をねじ1本から自身で制作する人物です。通常は分業制で制作されることが多い時計を全てひとりで作り上げてしまうのです。

そのため制作される時計は、安いものでも500万円からで1本1800万円を超えるものもあります。時計好きの方でなければその値段に非常に驚かれるのではないかと思います。

この先では菊野氏の高校時代から振り返り、時計に興味をもったきっかけや独立時計師となった経歴などをご紹介します。

菊野昌宏の経歴

手先が器用だった幼少時代

北海道深川市出身の菊野氏は、幼少期の頃から積み木やLEGO(レゴ・ブロック)で遊んだり、2歳の頃から祖父が購入した自動車の図面などを眺めることが好きだったそうです。

手先が器用で工作が得意だったそうで、こういったところも時計作りへの道へと歩んだきっかけの根底となっていたたのかもしれませんね。

高校卒業後に自衛隊に入隊

菊野氏は、深川市内の公立高校である北海道深川西高等学校を卒業されています。

卒業してからすぐに時計に関する学校や仕事をしていたのかと思いきやそうではなかったようです。

当時、特にやりたいことなどが無かったために大学や専門学校へは行かず、卒業後に陸上自衛隊に入隊されています。

他にも武器の構造や仕組みについて興味があったからという理由もあったそうで、実際に機械整備の職務を担い、銃の整備などにも携わっていました。

自衛隊での機械式時計との出会い

そんな菊野昌宏氏が時計と出会ったのは、自衛隊にいる頃のことだったそうです。

陸上自衛隊の上官が着けていた30万円程のスイス製の機械式時計を見せられたのがきっかけだったと言います。

機械式時計は、クオーツ時計のように電池を使わない非常にアナログな時計のことです。

時計内部の"ぜんまい"を巻き上げて、それがほどける力を利用し"てんぷ"と呼ばれる部品を往復回転運動させます。そして"アンクル"、"がんぎ車"、それからいくつもの歯車を動かして最後に時計の針を進めていくのです。

小さな時計の中に職人の手によって組み上げられた機械式時計に魅力を感じた菊野氏は、書店で時計に関する本を購入し読み漁るうちに独立時計師という職業があることを知ります。

独立時計師を目指すきっかけ

世界には、いくつもの時計メーカーがあります。みなさんがご存知のロレックスやオメガ、日本のセイコーといった有名なものからパテックフィリップやオーデマピゲといったちょっと時計が好きでなければ知らないメーカーまで様々です。

そして菊野氏の「独立時計師」という職業は、それらのメーカー・企業に属さず個人として時計製造を行う職人を指します。

自身の名前をブランドに掲げ、小さな工房で時計を製造する時計師達です。

ただ、そういった人のことを誰でも独立時計師と言うかといえばそうではなく、実際にはスイスにある「独立時計師アカデミー」(AHCI)という国際的な団体に属するメンバーを指すことが時計の世界では一般的です。

「独立時計師アカデミー」(AHCI)のロゴ

少し菊野昌宏氏の話に戻しましょう。

菊野氏は、先述のとおり自衛隊では機械整備を行っていました。ですが、メンテナンスではなく一からものづくりをしたいという思いがあったそうです。

機械式時計に魅せられ、元々ものづくりがしたかった菊野氏は、自衛隊を辞めることを決意します。

自衛隊を除隊し時計の専門学校へ

菊野昌宏氏は、2005年に自衛隊を除隊し、北海道から上京して渋谷にある専門学校「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」に入学します。

ヒコ・みづのジュエリーカレッジは、ジュエリー、バッグ、靴、時計づくりの4コースに分かれた専門学校で、菊野氏はウォッチコースに進学します。

2008年に卒業後するもそこでは時計の修理中心の授業だったため、自分自身で時計を製作することを半ば諦めていたのだそうです。

ですが、それを変えるきっかけとなった時計がありました。それは江戸時代に田中久重が製作した万年時計です。

当時菊野氏は、その時計をドキュメンタリー番組で目にしたのだそうです。

田中久重の万年時計には、365歯の歯車が使われているのですが、その歯が一つ一つやすりで作られたことを知った時に衝撃を受けたのだそうです。

菊野氏が和時計の腕時計を製作するようになったきっかけともなったのだそうです。

菊野氏は卒業後、1年間研修生として残り、アルバイトをしながら独学で時計づくりを学び制作を続けました。

 

日本人初の独立時計師アカデミー(AHCI)会員へ

先ほどご紹介した「独立時計師アカデミー」(Académie Horlogère des Créateurs Indépendants、通称 AHCI)の会員になるのは、非常に狭き門です。

協会加入するには、会員2人による推薦と協会内での協議が必要とされています。

認められるとまずは準会員という会員になります。菊野氏は、2011年にその準会員として入会を認められます。当時まだ28歳の頃でした。

2011年AHCI準会員に選ばれた際の菊野氏

2011年AHCI準会員に選ばれた際の菊野氏

出典: 朝日新聞 Digital

準会員から正会員になるには、翌年から2回、最低3年間は新作を発表しAHCIのメンバー全員からの賛成を得る必要があります。

菊野氏は、それから独創的な時計を発表し続け、2013年に当時30歳で最年少の職人として、また日本人で初めて正会員に昇格しました。

2013年AHCI正会員に選ばれた際の菊野氏

2013年AHCI正会員に選ばれた際の菊野氏

出典: Stew

独立時計師アカデミーは、2019年1月現在まだ31名のメンバーしかいません。そしてその中でも日本人の会員は、菊野昌宏氏と浅岡肇氏のたった2人だけです。

菊野昌宏の時計

独立時計師は、先述の通りネジ1本から作り上げる職人です。そのため年間で生産される本数も非常に限られています。

菊野昌宏氏の場合は、年産2本だといいます。

一つの腕時計に使われる部品はおよそ130あります。それを部品から全てひとつひとつ手で作っていくのですからそれは時間がかかりますね。

部品を作り、調整、磨き、組み立てと工程を踏んでいきます。

年産2本に絞っている理由は、他にも納得のいく仕事をしたいからという理由もあるからだそうです。

ここでは、菊野氏が制作する腕時計の一部をご紹介します。

※画像と動画は全て菊野氏の公式サイトより

不定時法腕時計(和時計)

不定時法腕時計(和時計)

2011年、準会員として認められた年に発表した「不定時法腕時計(和時計)」です。

日本の江戸時代に製作された和時計の複雑な機構を腕時計サイズに凝縮した世界初の腕時計です。

12の干支が書かれたインデックスが季節の変化に伴って自動的に移動する「自動割駒式和時計」です。

その動きはぜひ動画でご確認ください。

こちらは非売品となっているそうです。

トゥールビヨン 2012

トゥールビヨン 2012

こちらは、2012年に発表された世界三大複雑機構のひとつトゥールビヨンが搭載されたモデルです。

トゥールビヨンは、腕時計にかかる重力を分散し機械式時計の精度を高める役割をもつ機構です。

非常に製作が難しくこの機構が搭載されるだけ1,000万円価格がアップするようなイメージです。

菊野昌宏氏の手作業によって製作されています。

文字盤は石庭を思わせるデザインです。

お値段は、税抜きで9,800,000円です。

折鶴

折鶴

菊野氏が、ACHIの正会員に認められた2013年に発表したモデルです。

モデル名の「折鶴」の通り、通常の時計の12時位置に折鶴が設置されています。

リピーターと呼ばれる音で時刻を知らせる機構とこの折鶴を腕時計の上で動かすからくり人形の機構があわさった腕時計です。

こちらも動画を見ていただくと折鶴が動く様子が実際に分かります。

リピーターの繊細な音と折鶴が動く様子が非常に美しいですね。

こちらは、要改良のため非売品となっているようです。 

和時計改

和時計改

和時計改は、2015年に発表されたモデルです。

2011年に発表された不定時法腕時計(和時計)から構想を練り、新しいムーブメントを搭載することでそのサイズを薄くしました。

青い針で不定時法指し、紫色の時分針で定時法の時刻を表示しています。

和時計改 暁鐘

和時計改 暁鐘

和時計改の1年後2016年に発表された腕時計です。

実際に注文を受けて制作されたもので、ケース一面にエングレービングが施された特別なモデルです。

その他にいくつもの新作を発表されていますが、それらについては公式サイトをご確認ください。

菊野昌宏の時計の購入方法

ここまで菊野昌宏氏の腕時計を見てきた方は、どうしても手に入れたいと思われた方もいらっしゃるかと思います。

菊野氏の腕時計は完全受注生産です。

以下の菊野氏の公式ウェブサイトから連絡し、相談をしながら決めていくようです。

masahiro kikuno 菊野昌宏 - masahiro kikuno 菊野昌宏

工房は千葉県船橋市にあるようで、実際に工房で相談をしたりもするそうですよね。

最近は知名度も高くなり、非常に人気になっているため年産2本と元々手に入れるのが難しかったようですが、さらに難しくなっているようですよ。

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