腕時計の読みもの

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スイス時計職人の後継者不足のニュースを読んで

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2017年にスマートウォッチの売上高が腕時計の売上を抜いたニュースが話題になりました。今なおスイスの時計輸出額は年間2.2兆円の規模ですが、手作りの時計はわずかしか作られない現状です。今回は、タイトルの元となったニュースの紹介と日本の時計師2名の技術を伝えていくことに対する意見をまとめました。

スイス時計職人の後継者不足

 

時計師のフィリップ・デュフォー氏は50年に渡って手作りの時計作りを行ってきたが、技術を受け継いでくれる人がいないという。手作りの時計作りを続けている数少ない時計師の1人として、BBCの取材に応じた。

引用: BBC NEWS JAPAN

先日興味深いニュースがネットで公開されていました。独立時計師フィリップ・デュフォー氏がBBCのインタビューに応じたというもので、後継者不足であることが報道されています。デュフォー氏は、50年に渡って完全に手作りで時計を製作する独立時計師です。

www.bbc.com

 

時計作りの伝承

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出典: PR Times 

6月10日の時の記念日にちなんでヒコ・みづのジュエリーカレッジで開催された「時計フェスタ610」に参加してきました。

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出典: http://www.watch-hiko.jp/

その「時計フェスタ610」で開催されたイベントの一つで独立時計師の菊野昌宏氏と同学校の講師で時計師である牧原大造氏のトークショーを見てきました。

トークショーの最後、質疑応答でこの後継者、技術の伝承についての質問があったのでまとめたものを掲載します。

来場者の質問

「独立時計師の皆さんは、通常のメジャーブランドの時計と違って今後の機械式時計を継承していくということについては、どう考えていますか。弟子を取るなどは考えられていますか。」

菊野昌宏氏の答え

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出典: PR Times

「機械式時計なので、メンテナンスは今後も必要。弟子を育てていくということは必要だと考えている。ただ今現状では、工房で誰かを雇ってというのはまだ早いかなと思っている。もう少し自分のやりたいことが減ってきて落ち着いてちょっと年を取ってきて、厳しくなってきたなと思ったら手伝ってもらうかもしれない。今は、自分の手で自分の時計を届けるということを集中してやりたいと考えている。買ってくれるお客様には、リスクを伝えている。いきなり明日自分が死んだりするかもしれません。そうなったときに現時点でオーバーオールなどができなくなってしまうかもしれないと。そこの保証は大手のメーカーのようにはできないが、それでもよければ買ってくださいと工房に来ていただく方には直接伝えているなのでそこはネック。一人でやっている以上どうしても不足の事態は起きてしまうとは思っている。極力なんとかできるようにしていかないといけないのは当然だとは思っている。難しいところではあるが、現在週に1度ここ(ヒコ・みづのジュエリーカレッジ)に来て研修生に時計作りのやり方などを教えている。直接的ではないが、将来彼らが面倒を見てくれたらいいなぁとも考えている。」

牧原大造氏の答え

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出典: https://faavo.jp/

「根底としては、誰でも修理できるような時計を作れればなと考えているし、部品の磨き方や装飾の仕方はスイスのフィリップ・デュフォーさんから教わったであったり、見て習ったというのがあるため、それを学生に聞かれた際には惜しげもなく隠しもせず教えていこうと思っている。部品の作り方などはインターネットなどで色々見れるようにはなったが、それが嘘か真かは分からないので自分が経験したやり方でよければ伝えますよというスタンスでデータなど紙に残すようにはしている。それは自分自身の中での備忘録としても必ず必要なものであるためパソコンだけに限らず手に書いたものもほとんど残している。それを見せてほしいと言われたら見せます。隠すようなことでもないし、ちょっと考えれば全然誰でも出来ることであるから。」

まとめ

今回のBBC NEWSの記事に対する感想ですが、まずタイトルで大きく誤認させる恐れがありそうだなと感じました。
動画をみて文章まで読むとこの記事がスイスの時計職人デュフォー氏の後継者がいないという話であることがはじめて分かり、スイスの時計師が年々減っているというデータなどは記事内にはありません。
時計好きの方であればデュフォー氏が、時計の部品をねじひとつから作り上げる独立時計師でありメジャーブランドなどで働いている時計師たちとは少し違うということがお分かりかもしれませんが、そうでない人が目にするニュースとしては正確に読者に伝わっていないのではないかなと。

スイスには時計学校がいくつもあり、卒業生はメジャーブランドなどに就職をするため時計師というくくりでの後継者はいるのではないかと思います。(客観的データを持ち合わせていないのですが...)
一方で、こと独立時計師ともなればいってしまえば伝統産業の職人のような立場であり、下の世代へ受け継ぐという意思を持って長期で取り組んでいくことがなければそれは一代で途絶えてしまうというのは致し方ないことなのではないかと感じました。(デュフォー氏が全くしていないという話ではありません。)それは日本の伝統産業でも同じことがいえると思います。

そんな記事を見た中でタイムリーに日本の時計師のお二人のご意見を伺ったのであわせて記載しました。まだ若いお二人の時計師が自身の時計作りへの情熱を傾けながらも次の世代へと技術の伝承を考えられているのは素晴らしいなと思いつつ、やはりこういった職人芸・伝統産業といったものの後継者に関する課題というのは常々どこにでも深刻なものがあるということも感じました。
動画の中でデュフォー氏自身も、美しい職業であり簡単ではなく一生をかけて学ぶものであると仰っていますが、一生をかけて学び習得していくものであるからこそ次の世代を考えるのは早くなければならないのではないかと思いました。
皆さんはどうお考えでしょうか。

※フィリップ・デュフォー氏の後継者には、娘のマガリ氏がいたと思っていたのですが、現在はパテック・フィリップの複雑時計修理部門に勤務されているそうです。(「時計Begin」2015年夏号『受け継ぐ時計 フィリップ・デュフール』より)